【新体操】相反する要素|対価と代償

新体操

こんにちは、Misakiです。

現在、未就学児から大学生までの選手に新体操の指導をしています。

今回は新体操の“相反する要素”をテーマに執筆します。

オリンピックが終わってからというものの、しばらく余韻に浸っている私なのですが、

“なぜ選手達の姿を見て心を打たれるのだろうか?”

そんなことを考えていました。

相反する要素

冒頭に私がオリンピックの余韻に浸っていると述べましたが、
オリンピックを観賞してからというもの「やっぱりスポーツって面白いな〜」なんて感じていて、

やはり新体操でも、トップレベルの選手の戦いを見ると胸を打たれるものがありました。

そこで、私が新体操に魅力を感じている部分について考えました。


新体操の魅力については以前、新体操の魅力とは?【元新体操選手が思う新体操の魅力】という記事に投稿しているのですが、


トップの選手達を見た時のこの感動は何か?

そう考えていた時に、とある新体操の“相反する要素”が私達に感動をもたらすのではないかと感じました。



それが

情熱と冷厳です。

新体操をやっている方、見た事がある方はわかると思いますが、演技中には物凄いスピードで正確に技を実施しなければなりません。


“冷静さ”がとても重要なのです。

しかしその反面、芸術的な要素も求められるので、表情や身体の動きから緩急を出して表現をしなければいけません。
ロボットのように正確に。
でも、情熱的に演じなければならないのです。

これが非常に難しい。

なんて難しいルールのスポーツを作ったんだ、と心底思いますが…

心は熱く、冷静に緻密に実施する。

私は選手達の自身を律する姿にとても胸を打たれていたんだ、と今回改めて感じたわけです。

正確に技が実施できる選手、
表現豊かに情熱的に踊れる選手、

それぞれ上手な選手はいますが、この二つを兼ね備えてコントロールできる選手がやはりトップレベルの選手なのだと思います。

対価と代償

トップアスリートの皆さんは絶え間ない努力を重ねて技術力と精神力を鍛えていますが、


その対価はどれほどのものなのだろうか…

私自身も、幼い頃から新体操を初めてほぼ新体操漬けの毎日を過ごしていたわけですが、
夏休みや冬休み、土日はもちろん学校が休みのときはここぞとばかりに練習時間が長くなる。

ゴールデンウィークやお盆、家族の行事には毎年顔を出せない。
もちろん修学旅行や文化祭など、遠征や試合が重なると学校の行事に出席出来ないこともしばしば。

私は選手を引退してからもコーチをしているので、自分が引退後もそれほど生活は変わらず…

恥ずかしながら、今年初めて“お盆”をゆっくり過ごしたのです。

家のこと、身の回りの事でも分からない事がまだまだたくさんあることを実感しました。

私は新体操を通じて沢山のことを学びましたし、目に見える結果に対しては自分がもっと頑張らなければいけなかった、と
感じている部分もあるのですが、
そんなことを踏まえて考えるとオリンピックの舞台に立てるということ自体、選手達は一般人が想像も出来ないような努力をしているのです。

そんな選手達は、どんな対価を感じているのだろうかと
ふと知りたくなりました。

オリンピアン、
オリンピアンでもメダルを獲得した選手とそうでない選手。
あと一歩でオリンピックの出場を逃した選手。

スポーツ選手を目指す、っていうことはある意味とってもギャンブル。

自分が歳を重ねて、子どもを育てる視点で考えたらそんなふうにも思います。

コーチングも同じですが、
どんな子に育ってほしいか、どんな選手に育ってほしいか

ここをブレずに設定する事は大切ですね。


何か対価が欲しければ、それに見合う代償を支払わなければいけない。

今日はこの辺で。

それでは。




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