“因果応報”信じますか?|果報は寝て待て

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こんにちは、Misakiです。
現在、未就学児から大学生までの選手に新体操の指導をしています。

今回は“因果応報”をテーマに執筆していきます。

なんだか昨日は思い通りにいかないことが1日の終わりに続いて、
空腹も重なり久しぶりにどっと疲れた日でした。
そんな時もあるよな…
なんて思い今日は帰宅後に家中掃除をしたら少し気分がスッキリしたMisaki です。

さて。

皆さんは、“因果応報”信じますか?

「バチが当たる」なんて言い方をする事もありますが…
バチが当たることってあるのでしょうか?

“因果応報”信じますか?

まず“因果応報”の意味を見てみます。

【因果応報】
因果応報とは、良い行いか悪い行いかによってそれにふさわしい報いが現れること。
因果応報は、仏教の言葉が語源
になった四字熟語である。仏教では、「行いの善悪によってそれぞれ報いが現れる」と考えられている。原因となった「因」によって、結果である「果」が生じるというのがこの言葉の一般的な意味である。「因」は、過去に行ったことはもちろん、前世での因縁も含まれる。悪い結果を得ているときは、「過去に行ったこと、もしくは前世の因縁が原因になっている」というのが、因果応報の考え方になっている。
ちなみに、因果応報は悪い結果と原因を意味することが多い。

Weblio辞書


良くも悪くも自分の行いによって結果が左右される、と言う事は間違っていないと私は感じています。

最近、客観的に「あぁ、バチが当たったのかな」なんて感じた出来事がありました。
幸い?自分のことではなかったですが。

しかし、この話も
“良い”“悪い”の基準は人によって違ったり、状況や場面によって変わったりするので、
何を持って良しとするのか、悪いとするのかは難しいところですね。

ただ、私が感じたのは少しでも自分が後ろめたい気持ちになるような決断は自分自身がしないようにする事。

なぜなら、
どこか悪い事しちゃったな、なんて思いながら行動していると、その行動の負のエネルギーが後々の結果に影響すると思うからです。

果報は寝て待て

果報は寝て待て
ということわざがあります。

【果報は寝て待て】
本当によい結果は、自分の力で招き寄せるものではないから、向こうからやってくるのを焦らず待っていればよい。

コトバンク

これだけ見てもいまいちピンと来ないのですが…

あれこれ考えたり、悩んでいないで結果は出るのを待つのみ。

なんていう意味だと思います。


ただしこれは、やれるだけやった時の話。
何もしていないのに、「結果は後からついてくる」だの「果報は寝て待て」なんて言っても薄っぺらく聞こえてしまいますね。

もう一つ、こんな事が“果報は寝て待て”の解説で書いてありました。
幸福は運によるもので、人の力ではどうにもならず、自然にやってくるのを気長に待つのがよい、ということ。「運は寝て待て」ともいう。

なんだか、運に身を任せるだけ
のような感じがしてあまりしっくりきませんが…

大事なことは、やはり自分自身に誠実でいることだと思います。
いつだって自分自身にOKが出せる自分で居たいな、なんて感じています。

それでは。

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