“苦労と努力”|“身を削る”塩梅

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こんにちは、Misakiです。
現在、未就学児から大学生までの選手に新体操の指導をしています。

今回は“苦労と努力”をテーマに執筆していきます。

皆さんは苦労と努力の違いが分かりますか?
苦労と努力を混同しないことが大事だ、とふと耳にしました。

しかし、“苦労は買ってでもせよ”なんてことわざもあるんですよね。

苦労と努力の違い、について考えていきたいと思います。

“苦労と努力”


冒頭述べましたが最近、苦労と努力を混同してはいない。
と耳にしました。

理由は下記の通りです。
苦労は身を削り、消耗してしまうこと。努力は自分が成長できること。
なので苦労と努力を混同してはいない。

確かに、言っていることは分かります。
でもそこでふと思ったのが、
“苦労は買ってでもせよ”ということわざ。

苦労はした方が良い、ということですよね。

私たちの様に、スポーツを長く続けている人は特に、ある程度“根性論”みたいなものが染みついていて
苦労することと努力の違いが曖昧な場合があるのではないか?と感じる時があります。
妥協してしまう自分が嫌だったり…

実際、苦労をすることもあまり悪いイメージは個人的にはありません。

苦労と努力を混同してはいけないとは言え、
かなり紙一重なところはあるんです。
ただ、それは体感する気持ちの違いだけなのかもしれませんが…

我慢することや苦労が“努力”だという考えは確かに間違っていて、
大変な思いをすることが努力をする、ということではないことも私自身、経験から実感しています。

苦労と努力を混同してはいけないけれど、苦労することが必ずしも悪では悪ではない。
ということです。

“身を削る”塩梅

苦労も努力も、側から見たらどちらも身を削ることにはなりそうです。


努力をしているかどうかは、自分自身がどれだけ努力しているか、決めるのではなく
他人が決めるもの。


でも、自分が努力している!と感じることでプラスに捉えることができて、物事がプラスに働けば他人が努力と認めなくてもそれは良いことだと思います。

“身を削る”ことに関しても、もし自分自身が“身を削ってしまっているな”とマイナスなエネルギーに働いてしまっていたらやめた方が良いのではないか、

そんな事を考えていました。

なんだか複雑に考えすぎましたが…
シンプルに、自分の直感に素直に前向きに過ごせる選択をしていきたいですね。

それでは。

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