集団の中で【空気を読む】ということ|わかってくれるだろう、は通用しない

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こんにちは、Misakiです。
現在、未就学児から大学生までの選手に新体操の指導をしています。

今回は“空気を読む”という事をテーマに執筆していきます。

昔、“KY”なんて造語が流行りましたね。

若者は知らない人もいるかもしれませんが…
“空気が読めない”という時に「KYだな〜」なんて感じで使っていましたよね。

でも、“空気を読む”ってどうゆう事なのでしょうか?
もちろん一人でいる時に“空気を読む”必要ないと思うので、集団の中で発揮する能力ですよね。

“空気を読む”ことについて考えていきます。

集団の中で空気を読むということ

集団の中にいる時は“空気を読む”事が必要な時があります。

“空気を読む”ということは“思いやりを持つ”ということ。

時には人に合わせる事でもありますが、自分を殺して人に合わせていれば良いってわけではありません。

人に合わせすぎて、相手を尊重しすぎて自分の意見を言わなくなってしまう人もたまにいますが…
それは空気を読んでいることにはならない。

私達は相手に合わせることや協調性を持って行動することは比較的得意なのかもしれませんが、
相手に合わせるだけが“空気を読む”ことではないです。

何か集団の中で“違和感”を感じた時に、様子を見てやり過ごしてしまいそうになる時もありますが

自分の思っていることは、きちんと自分の言葉で相手に伝えないと伝わらないな、
と最近改めて感じています。

わかってくれるだろう、は通用しない

わかってくれるだろう」は通用しない

「わかってくれるだろう」が通用しないのは、集団の中だけでなく相手が一人だとしても同じです。

なので結局、自分の意見はきちんと相手に伝えないといけない。

そうなると、“空気を読む”(集団の中で相手に思いやりの気持ちを持って接する)としても
一人一人がある程度の“自己主張”をする前提でコミュニケーションをとるべきなのではないでしょうか。

何かがあったわけではないですが、
私が学生を指導をする中では、なんだかあまり自分の意見を言うと目立ってしまうな、とか人と違う意見を言うことに対して引け目を感じる学生の皆さんも多いように感じていますが…

友達との輪の中、スポーツなどチームの輪の中に身を置く時は
自分の意見はしっかり持って“自己主張”をする前提で集団に存在するべきだよな、なんて個人的に感じています。

わがままではなく、相手に思いやりを持って。

そんな事をふと思いました。

それでは。

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