“3.11あの日の記憶”|今日という1日を大切に生きる

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こんにちは、Misakiです。
現在、未就学児から大学生までの選手に新体操の指導をしています。

今回は“3.11あの日の記憶”をテーマに執筆していきます。

東日本大震災が起きてから今日で10年。

様々な人が様々な立場で感じたこと、経験したことがあります。

あの時に感じた気持ちを忘れないように今日は記憶を辿ります。

“3.11あの日の記憶”

なぜこのテーマでブログを書こうとしたかというと、
当時感じた“当たり前のことが当たり前じゃなくなる瞬間”を改めて考えるためです。

現在当たり前のことでも、明日も同じとは限らない。

忙しい日々の中で、大切なことを忘れてしまったり
大事な人を大事に出来ない日もあると思います。
でも、“あの日”を思い出すと“当たり前”なんて無いと強く感じます。

当時の話をしますが、
私は茨城県の大学で練習をしていました。

揺れを感じた時は
「地震か…そのうち収まるだろう」
と思っていました。


しかし、揺れは続き次第に今まで感じた事のない揺れを感じて
みんなで外に避難しました。

“とっさの判断”なんて言いますが、良い判断をするなんて皆無。


体育館にはもちろん非常口がありますし、当然非常口も把握していましたが
その瞬間は何も考えられず気付いたら普段使用している出入り口から外へ出ていました。
そして手具を持ったまま走っていた…
真っ直ぐ走れないほどの大きな揺れでした。

その後も余震は続き、揺れの恐怖を感じて
体育館に残した荷物を取りに行く事はしばらく出来なかったのを覚えています。

実際、地震が起きた時にどこの場所にいたのか
何をしていたのかによってもこの震災の感じ方はそれぞれ違うと思います。

それでも、津波や停電、断水、放射能被害など震災を通じて様々な被害を
沢山の人が経験したことによって、誰もが“当たり前”がこんなにも簡単に崩れるのか、
と感じたはずです。

“当たり前”は“当たり前”では無いのです。

今日という1日を大切に生きる

“当たり前のことが当たり前じゃなくなる瞬間”を体感したことにより、
“今日という1日を大切に生きる”事の大切さを改めて感じます。

“当たり前”なんてないし、
自分の力ではどうにもならないことが急に起きたりもする。

誰のせいにも出来ないし、やり場のない気持ちだけが残るだけ…

それでも、自分に出来ることは“今日という1日を大切に生きる”ということ。

今が最高に幸せな状況だとしても、どんなに辛い状況だとしても、
今生かされていることを噛み締める時間があっても良いのかもしれないな
なんて思っています。

10年…

10年後もきっと同じことを思い出すんだろうな…

それでは。




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