【やる気】誰かのためにやるのか、自分のためにやるのか|仲間の存在

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こんにちは、Misakiです。
現在、未就学児から大学生までの選手に新体操の指導をしています。

今回は“やる気”をテーマに執筆していきます。

何か行動をする時に、誰かのためにやるのか、自分のためにやるのか
どちらの方が“やる気”を発揮することが出来ると思いますか?

当然、色々な状況があると思いますが…

昔、私が現役の頃


忘れもしません。
「競技を引退しよう」

と決めた時の経験談を交えて、お伝えしていきたいと思います。

誰かのためにやるのか、自分のためにやるのか

誰かのためにやるのか、自分のためにやるのか
どちらの方が“やる気”を発揮することが出来るか…

ということですが、

結論、私は
誰かのためにやる方が“やる気”が出るのではないかと思っています。

というより、仲間がいたり守るべきものがあって外向きに目が向いていた方が
火事場の馬鹿力のようなものが出せるのではないかと感じています。

基本的にみんな自分が大好きなので、“自分のために”という気持ちがないと
やる気が出ないと思いますが“誰かのために”という状況を作っておくと
いざという時に踏ん張ることが出来る。

私の体験談をお話します。

大学4年生の頃、目標としていた試合の予選で大失敗して、
その目標とする試合の出場権を手にすることが出来なかったので
思わぬ形で競技生活を終えることになりました。
(ミスがなくても出場権は取れなかったかもしれませんが)

その後、私が選択しなければいけなかったのは
本当の意味での競技生活の引退の日(発表会)までどう過ごすか?
ということ。

まだ試合に出られるチャンスもあったので、
発表会まで選手を続けるのか、ここでやめるのか、の二択でした。

その時の二択がまさに、“誰かのためにやるのか、自分のためにやるのか“

自分で選曲して、自分で振り付けをした思い入れのある作品達。
まだ披露できずにいる作品がある…
これまでお世話になった人達に見せたい、いや見せるべきなのではないか…

それでも、
「もう頑張れない」という自分の気持ちが勝って、
結局その後は何の試合も出場せずに競技生活に終止符を打ちました。

選んだのは“自分のために”やめるという選択。

今となっては、あと1回くらい踊ればよかったのに、と思いますが、
私がこの選択をしたのは、それまでずっと“自分のために”新体操をしていたからだと思います。

誰かのために頑張ることが出来なかった。


それは、
「もう、誰かのために頑張れなくなった」のではなくて
今までも誰かのためにはやっていないくて、
「傷つく自分に耐えられなかった」のだと思います。

仲間の存在

スポーツにしても、仕事にしても、
“仲間の存在”は大事ですよね。

私も一応、スポーツマンだったので仲間の大切さを身に染みて感じています。

一人が心地良い、一人で仕事をした方が良い
なんていう人もいますが、やはり何か大きなプロジェクトをする場合、
自分じゃどうにもならない時も、仲間がいたら頑張れる、ということがあります。

一人ではやれることも限られますし、得意不得意もある。

桃太郎も、ワンピースも仲間を増やしていって絆を深めながら
一つの目標に向かって進んで行きますよね。

仲間がいる、ということは、一人の時とはまた違った“責任”が
発生します。

しかしその“責任”が原動力になることは沢山あると思うのです。

とはいえ、
仲間作りも難しいですよね…

それでも、
私は仲間と共に目標を追いかけて夢を見たいな、と今は思っています。

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