【肩書き】の捉え方|“肩書き”に成長させてもらう

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こんにちは、Misakiです。
現在、未就学児から大学生までの選手に新体操の指導をしています。

今回は“肩書き”をテーマに執筆していきます。

皆さんは“肩書き”を気にしますか?
「“肩書き”に惑わされるな」なんてことはよく言われますが
当然“肩書き”で人を判断することはナンセンスです。

とはいえ、
「Amazonの社長です」
「総理大臣です」

なんて言われたら落ち着いて話が出来る気がしませんよね。

肩書きで人を判断することはよくないですが、
しかし、自分の“肩書き”は利用することもできるのではなか、と思っています。

肩書きの捉え方

今回は、“肩書き”を持っている人目線での捉え方と
“肩書き”を持っている人へ接する時の目線この2パターンで考えていきたいと思います。

大前提、どちらの目線でも
“肩書き”に惑わされないようにしよう、ということがお伝えしたいテーマです。

「私は元新体操日本代表」です。

こう言われたら皆さんはどう感じるでしょうか?

私はこの“肩書き”でこれまで色々な事を感じてきました。
日本代表として活動していたのはかなり前のことですが…

“肩書き”を持っている人目線での捉え方と
“肩書き”を持っている人へ接する時の目線この両者ではだいぶ見方が変わります。

大体、はたからみて凄い“肩書き”だなと他人が感じても
当の本人は“全く凄くない”と思っている事がほとんどだと思います。

しかし、見た目で人を判断したらいけないのと同じで
“肩書き”で人を判断するのは良くない

と思っていながらも人は往々にして“肩書き”に惑わされて、“肩書き”を追い求めます。

でも
両者どちらの目線にしたって、やはり“肩書き”に惑わされないように
“肩書き”が最終目標にはならないよう“本質”を見極める力を養う必要がありますよね。

“肩書き”に成長させてもらう

“肩書き”に惑わされてはいけない。
そればかりを考えると、何だか少し悪いイメージもありますが

“肩書き”も上手く利用できるのではないか、と思っています。

私の話になってしまいますが…
私は以前「新体操日本代表」という肩書から、
他人がイメージする自分と自分がイメージする自分
にギャップを感じていた時がありました。

自分は何も凄くないのに何か大きな期待を背負わされてしまうような感覚…

これまでの良いことも悪いことも全て含めて
自分のことを全く知らない場所へいきたいな、なんて思ったこともありました。

しかし、“肩書き”は相手から見たらほぼプラスに働く。
だから今は“肩書き”をうまく“利用”して自分を成長させていけば良いのだと感じています。

自分が望まずに“肩書き”を手に入れたとしても、念願の“肩書き”を
手に入れたとしても“立場が人を強くする”ということは間違いないので
“肩書き”をうまく利用して自分の行動や発言を変えていけると良いのではないかと思っています。


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