【循環】お年玉という風習|愛情の循環

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こんにちは、Misakiです。
現在、未就学児から大学生までの選手に新体操の指導をしています。

今回は“循環”をテーマに執筆していきます。

お正月といえば“お年玉”と、楽しみにしている子ども達もいると思います。

お正月に大人から子どもに渡す“お年玉”…
私もこれまでは特に何も考えずに、“お年玉”をもらったりあげたりしていましたが



ところで
なぜお年玉をあげるのでしょうか?


今回は“お年玉”を元に“循環”について考えていきたいと思います。

お年玉という風習

日本には“お年玉”という風習がありますね。

新年を祝う、子どもの無事な成長を願うなどの意味があるそう。
江戸時代から庶民に伝わり、昭和になってから大人から子どもへお金を贈る
ようになったそうです。


諸説あるそうですが。

“当たり前”ってすごいですよね。
何も意味も分からなくても、お金をあげる
ということを毎年しているなんて。

“当たり前”の基準をあげることの重要性を感じます。

とはいえ、
今回は当たり前の基準の話ではなくて“循環”の話です。

私は何の意味も分からず、“お年玉の”風習を続けていました。


自分がしてもらって来たことだから同じことをしよう、なんて軽い感覚ですが
社会人になりお年玉をあげる立場になって、そして今回ブログを書くにあたって
“お年玉”の循環が飽きていることを実感したのです。

愛情の循環

お年玉の“循環”は“愛情の循環”

最初は、子どもの頃に両親や親戚のおじちゃん、おばちゃんにお年玉を
もらいますよね。
大きくなるにつれていつの間にかお年玉を貰わなくなって
でも自分が社会人になって親戚に子どもがいたら今度はお年玉を贈る番になります。
更に、自分に子どもが出来たらまた親戚からお年玉をもらう。

その子どもが大きくなったら…

と永遠に続く循環。

この循環は“愛情の循環”だと感じました。

何気なく無意識に行っていたことですが、よくよく考えたら

大人になって、お年玉をあげる立場になると自分がもらった“愛情”は
返してあげたい、と思うようになったのです。

もちろん強制的ではなく自発的に。

“お年玉”をあげるのは親戚に限らず、仲良くしている人の子どもだったり
それが「子どもの無事な成長を願う」ことだとしたらこれは立派な愛情です。


目には見えない大事な価値がある。

そんなふうにも感じます。

私は、これまでお年玉の意味をあまり知らずに過ごして来ましたが
「子ども達の無事な成長を願う」なんて、とても素敵なことだと思います。

何事も、意味を持って行動する方が俄然やる気は出ますよね。

もちろん、地域やそれぞれの家族によっても決まり事はあるかもしれませんが…


私はこれからも“愛情の循環”がもっと広がるように「子ども達の無事な成長」を願って
お年玉を贈りたいと思います。

贈り物はみんな、“贈る気持ち”が大切ですよね。
実際に贈られた“モノ”や“金額”に隠れた“気持ち”を大事にしたいです。


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