お正月の記憶|“違和感”と向き合う

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こんにちは、Misakiです。
現在、未就学児から大学生までの選手に新体操の指導をしています。

今回は“違和感”をテーマに執筆していきます。

皆様、明けましておめでとうございます!
2021年元旦、新年が始まりましたね。

今年はどんな一年になるのでしょうか?


私は今年も出来る限りブログを更新していこうと思っていますので
気まぐれに覗いて、そして温かく見守って頂けると嬉しいです。

ところで皆さんのお正月の記憶はどんなものでしょうか?


年が明けても何も変わらない1日のようにも思えるし
何かが始まる予感もする…

今回はそんなお正月を感じながら“違和感”について考えていきたいと思います。

お正月の記憶

お正月の記憶…

数年前、ドイツで年越しをした時のこと。
日付が変わった瞬間に住民は外で爆竹を鳴らしたり花火を付けたりしていて
ある意味危ない年越しでした。笑
次の日はゴミが散乱しているしガラスの破片があったり…
それはそれで楽しかったのです。


日本のお正月のイメージは、家族や親戚が集まってみんなでご飯を食べたり
新年のご挨拶をして、初詣に行く。
そしてお節を食べて、お年玉をもらう。

三箇日はお店はどこも閉まっていて出かけることも出来ないので
家族揃って何かをする、
もしくは特に何もしていない事も多いのですが…


年末年始は家でまったり過ごすのが恒例だった。
はず…

しかし、現在はどうでしょう?

スーパーもデパートもそしてコンビニも元旦から開店しているお店は沢山あります。

しかも、今年に限っては例のウイルスの影響で帰省していない人達も多いので
家族揃ってご飯を食べたり初詣に行く事も出来ない状況…

今後、“お正月”が新しく変化してしまうのか?


なんだかそんな寂しさを感じながらも
私は家でまったり過ごすことが出来ている幸せを噛み締めているのですが…

私が子どもの頃に感じた“お正月”の温かさが無くなってしまうのかな…
少なくとも変化しつつあるのかな、
なんて少し違和感を感じています。

“違和感”と向き合う

“違和感”と向き合うことは、自分の中の価値観や常識と向き合うということ。

自分の中で当たり前だと思っている事と違う出来事が起きたら違和感を感じますよね。

でも、その些細な違和感を見過ごさずに向き合うことで、
その後、自分の選択する道が見えてくる。はず。

人は皆、“違和感”を感じながら新しい常識を作って、そして受け入れてきた。

変な話、日本のお正月が私がドイツで経験した年越しのように変化する事が仮に
あるとしたら、みんな最初は違和感を感じるはずです。
だけどそのうちきっと当たり前かのように順応していく。

その時に何も考えずにただ流されるように生きていたらどうなるのか?


自分達がこれまで大切にしてきた文化が気づいた時には無くなっている、
自分達の子どもに伝統を継承する事ができない、という事態になる事も無きにしも非ず…

無意識で変化してしまうのは
それはある意味とても怖い事。

必要なことなのか、そうではないことなのか

声を上げられるのか、そうではないのかは別として

“違和感”に対して向き合っていくことはとても大事だと感じています。

私はそんなことを考えながら
2021年も“自分自身と向き合う”ということは変わらず、
過ごしていきたいなと感じています。

皆様、今年もよろしくお願い致します!



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