与えられて感じた【与えることの大切さ】|情けは人の為ならず

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こんにちは、Misakiです。
現在、未就学児から大学生までの選手に新体操の指導をしています。

今回は“与える”ということについて執筆していきます。

ギバーやテイカーなどの言葉もありますが…

それぞれ簡単に説明すると、
ギバー:他人に惜しみなく与える人
テイカー:自分の利益・受け取ることを優先する人

ギバーやテイカーが仕事や日常にどのように影響するのかは
アダム・グランドさん著書「G IV&TAKE」を読んでいただけたら良いと思います。



私は最近、与えられて“与えられる”ことの大切さを実感しました。
やはり、“与える”ということは素晴らしいこと。

皆さんは誰かに何かを“与える”ことをできていますか?

与えられて感じた【与えることの大切さ】

先日、与えられて“与える”ことの大切さを実感しました。

与えられる、と言っても何か特別なことがあったわけではないのですが…

“初めて行った美容室の美容師さんが良くしてくれた”

とか

“新体操教室にかよっている小学生の女の子が折り紙をくれた”

とか
そんな些細なことでしたが、
“与えられる”ことで幸せな気持ちになって、

「私は無償で誰かに何かを与えることってできているだろうか?」
とふと思い返しました。



大人になるにつれて、
自分の行動やお金の使い方も自由になっていき、
誰かに何かを与えることがより自由に出来るようになりますが


大人になればなるほど見返りを求めたり
もしくは自分がもらうことを優先してしまったりする
ということは往々にしてあります。

子どもたちは、折り紙やお手紙など不意に
プレゼントしてくれますが、レッスン以外の時も私のことを考えて
「プレゼントしよう!」と思ってくれるその気持ちがとても嬉しいし


そこにはプラスのエネルギーの循環が生まれると思うのです。

情けは人の為ならず

【情けは人の為ならず】
人に親切にすれば、その相手のためになるだけでなく、やがてはよい報いとなって自分にもどってくる、ということ。

weblio辞書

“情けは人の為ならず”ということわざがありますが、
まさにそのように思います。

しかし、
自分に良い報いになるからという理由で与えることが義務的な意識になってしまうことは
本末転倒。

自ら“与えたい”と思える気持ちを持っているのか?


“与えられる”ばかりではなく、“与える”気持ちを忘れないようにしたいな、
改めてと感じています。






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