ルーティーンを崩した先に見えるもの|無意識を意識する

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こんにちは、Misakiです。
現在、未就学児から大学生までの選手に新体操の指導をしています。

今回は“ルーティーンを崩した先に見えるもの”をテーマに執筆していきます。

皆さんには“ルーティーン”がありますか?
スポーツをやっている方なら独自のルーティーンを持っている方もいると思います。
もしくは日常生活の中でのルーティーンがあるはずです。

以前、「ルーティンのメリット・デメリット」という記事を投稿し、
結論ルーティンは必要、とお伝えしました。
あくまでそれはスポーツにおける“パフォーマンスの向上”のためのお話。

今回はスポーツの場合では無い、話をします。

人は安定を求めます。
けれども、新しい刺激を求めるのも人間の性。(そう思っています)

意識的に行っているルーティン、
無意識的に行っているルーティン…

今回、は“ルーティーンを崩した先に見えるもの”について考えていきたいと思います。

ルーティーンを崩した先に見えるもの

ルーティーンを崩した先に見えるものは何か…それは

日常を“こなしている”自分に気づく、ということ。
そして
重大だと思っていたことが大したことないことに気づくこと。


意識的に始まったであろうルーティンも、気づいた時には無意識的な習慣として
行われていることもあります。

そもそも、日常にルーティンなんて無い人もいるかもしれませんが、みんな何かしらあると思います。
ほんの些細なことから重要なことまで様々だと思いますが…
毎日同じところで寝ているだろうし、食べるものや着るものだってルーティンがあるはず。

人は自分の置かれている環境に順応していく。
その順応性の高さに気が付きます。
気づいたら良い意味でも悪い意味でも日常を“こなして”いるのです。


それが人によって、もしくはその時の状況によって
良くも悪くも捉えることができますが…

あえて、ルーティーンを崩すことで

自分で決めたマイルールがもし仮に上手くいかなかったとしても、
実は重大だと思っていたことが大した問題じゃない。
ということに気がつくこともあります。

無意識を意識する

“無意識を意識する”
とはどういうことかというと、


意識して、無意識的に行ってしまっていることを考えてみる。
そしてその無意識行動を崩してみる。


そうするとまた新しい発見が生まれるのではないか、ということです。

個人的な話になりますが、


なぜだか私はいわゆる“刺激”を求めてしまう。
新しいもの、新しい場所、自分が知らない世界、
そう言った意味で自分に“刺激”を与えることに魅力を感じています。

だから、
今回のテーマも“ルーティンを壊す”になったのだと自分でも感じていますが、


でも
常に自分に変化を求められるのも、変化できる自分が実感できるからだと気が付きました。


日常を“こなしている”自分に気づくことが出来るからこそ“変化”を求めることが出来る。


そしてもう一つ、

何かを創り出すことをしている人は
“刺激”を求めるのだと思います。


曲、踊り、演技、デザインなど…クリエイティブな仕事をしている人にとっては
自分のルーティンを意識的に壊していくことも必要なのかもしれません…


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