【突き詰める】ということ|無意義だからこそ美しい

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こんにちは、Misakiです。
現在、未就学児から大学生までの選手に新体操の指導をしています。

今回は“突き詰める”ということをテーマに執筆していきます。

何か一つのことを突き詰めた先にあるもの、見えるものは何でしょうか?…


先日、「博士の愛した数式」の映画を見ました。
80分しか記憶がもたない数学者、そして家政婦とその息子の物語。

何を感じるかは見る人次第で如何様にも感じられると思います。
とても暖かい映画でした。


そこで、
私はこの主人公の博士の数学への愛、そして数学を突き詰めることによって
生まれた博士の人柄を見て今回のテーマ“突き詰める”ということに決めました。

これまで何かを突き詰めたことがない人も、決して卑下することなく
“突き詰める”ことについて考えて欲しいと思っています。

【突き詰める】ということ

【突き詰める】ということ

“突き詰める”姿勢が大事だな、と改めて感じています。

何かを突き詰めている人は魅力的です(個人的に)


結果よりもプロセスが大事、と良くいいますが
“突き詰める”ということは何かを考えるプロセス。


突き詰めて、何か答えが出るかもしれないし出ないかもしれない。
けれど考えないことには答えも出ない。
考え方によっては、そのプロセスの中で感じることが無限にあるのだと思います。

一つのことを追求できるかできないか、
それには性格の問題もあるかもしれませんが、分からないことが分かった時の喜び
また出来なかったことが体現出来た喜びを感じることができた人は
目に見えないもの、その先にあるものにも挑戦できるのかな、と漠然と感じています。

数学は頭を使うこと、
私は新体操に長らく携わっているので新体操を例にしますが、
新体操(スポーツ)は身体を動かすこと

いずれにしても、
自分が現在見えていない未来へ向かって一つのことを追求していくこと、
何か新しい発見があった時の感覚は似たようなものなのかもしれません…

無意義だからこそ美しい

“無意義だからこそ美しい”

映画の中の博士の台詞から少し変換して使用した言葉なのですが…
実際の博士の言葉は、


「実生活の役に立たないからこそ、数学の秩序は美しいのだ。」

数学に対してそんなこと、考えたこともなかったです…
実際、私は子どもの頃に
「なんで実際に数式とか日常で使わないのに勉強しないといけないの?」

と父に質問をしたことがあったので、そこに美しさを感じる人もいるなんて
子どもの頃は聞いても想像もできなかったと思います…

ただ、今現在私が感じたことは
目に見えない、無意義なことだからこそ美しい
と感じることができるのかもしれないということ。

それは、
私が新体操の価値や魅力を考える上では大きなヒントになる気がしています。

新体操の何に美しさを感じるのか…
一見スポーツだって日常生活には意味の無いことだけれど

そこにはスポーツの秩序、新体操なりの秩序が存在しているのかもしれません…

数学の秩序ほど美しくはないのかもしれませんが…

今後も私は“新体操”に関して突き詰めていこうと思います。
その“突き詰める”過程で色々なことを感じていきたいです。

皆さんは何を突き詰めますか?


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