【幸せ】についての価値観|特別視しないこと

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こんにちは、Misakiです。
現在、未就学児から大学生までの選手に新体操の指導をしています。

今回は“幸福”をテーマに執筆していきます。

誰もが“幸せになりたい”と願いますが、“幸せ”とは何でしょうか?


どのような状態になったら“幸せ”なのでしょう?


“幸せ”の価値観は変化するものかもしれませんが、
誰もが一度は考える話題だと思います。


今日は“幸福”についてお伝えしていきます。

【幸せ】についての価値観

幸せとは持続させるものではなく、変化していくもの。

先日“幸せ”について友人と話をしていく中で見つけた、
私なりの“幸せ”の価値観です。

先ほどもお伝えした通り、
“幸せ”の価値観は変化するかもしれないし、人によっても異なると思います。

何が楽しいと思うのか、何が嬉しいと思うのか
それは人それぞれです。
だから、どんな状態が“幸せ”かを探す必要は無いし、決め付ける必要もない。
それぞれ感じるままで良いと思っています。

ただ、
幸せは変化するもの
と考えたら、腑に落ちる。(私は)

人は皆、楽しい状況や嬉しい状態を持続させること、
そのような状態が“幸せ”だと思っている人が多いと思います。

ちなみに、私も以前“幸せ”について自分なりに考えた時期がありましたが
中々答えが見つからなかった。

結局“幸せ”になるためにはどうしたら良いか、とか
考えても結論が見えないんですよね。

誰もが現状よりも良くなりたいと願うはずだし、
きっとそれがみんなが思う“幸せ”です。

しかし、その時に願った“幸せ”に届いたらまた違う“幸せ”を願う。
“幸せ”はどんどん変化していくのです。

特別視しないこと

“幸せ”を特別視しないこと。

“幸せ”は特別なものではないのではないか、ということを感じました。

“幸せ”って何か、特別な状態のようなイメージが私の中にもありましたが、

すでにこうしてコーヒーを飲みながら執筆していることも“幸せ”だし
美味しいご飯を食べることも“幸せ”
綺麗な景色を見ることも“幸せ”
天気が良いことも“幸せ”

ただ、先ほどもお伝えしたように“幸せ”は持続するものではなくて変化するものなので

今この瞬間に“幸せ”だと感じていても、もしこの後、

財布を落としてしまったら“不幸”だし、
白いTシャツにカレーをこぼしてしまっても“不幸”
大事なピアスを無くしても“不幸”

そうやって日常の中で小さな“幸福”と小さな“不幸”が波のように押し寄せている。

“幸せ”なんて誰もが手に入れられるし、すぐにどこかに行ってしまうもので
特別なものではない。



ただ、
“幸せ”に思える心を持てるのか持て無いのかは自分次第なので、


なるべく沢山のことに“幸せ”を感じられる方が人生楽しそうですね。



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