【信じる】とは?芦田愛菜さんコメントより|“愛する”と“信じる”

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こんにちは、Misakiです。
現在、未就学児から大学生までの選手に新体操の指導をしています。

今回は“信じる”をテーマに執筆していきます。

皆さんは誰かを信じたことはありますか?


新体操の競技をする上では
“自分を信じて”
“仲間を信じて”
といった感じで私もよく“信じる”という言葉を良く使っています。

“信じる”とはどういった意味なのか?


信じるという“想い”自体が大事だと思っていたので、これまでは指導する上でも
細かく説明できていなかったものの、
最近、芦田愛菜さんが映画の完成披露イベントで“信じる”についてコメントしていたので
そのコメントを元に深掘りしていきたいと思います。

信じる対象は“人”です。
“神様”となると少し話が逸れてしまうので今回は、“人を信じる”ということについて
執筆していきます。

【信じる】とは?芦田愛菜さんコメントより

芦田さんのコメントについてまとめます。
私なりにまとめるのでもし少し解釈が違っていたらすみません…

【信じるとは】
見えなかった部分が見えたときに「それもその人なんだ」と受け止められる、
「揺るがない自分がいる」ということ
このようにコメントしています。

どういうことかというと、
人は、「人を信じる」時にその人自身を信じているのではなくて、
自分が理想とする、その人の人物像みたいなものに期待してしまっているのではないか、
というのが芦田さんの意見。

理想を見ているからこそ、「裏切られた」とか「期待していたのに」とか言うけれど、
それは「その人が裏切った」わけではなく、「その人の見えなかった部分が見えただけ」

だから、
見えなかった部分が見えたときに「それもその人なんだ」と受け止められる、
「揺るがない自分がいる

というが“信じる”事なのではないか、


そんな内容のコメントでした。

深い…
確かに、そんな事もあるかもしれません…


自分のことに変換して考えてみます。
コーチとして選手を“信じる”時に私がどういった意味で選手を信じているのか…

これは冒頭少しお伝えしたように、
“信じる”という想いが目的の達成に近づくのではないか、と思っているので
選手が良い演技をしていることをイメージすること。
諦めずに可能性を“信じる”


それが私が選手を“信じる”という時に思っていることです。


以前、
【思いこみの力】プラシーボ効果を活かす|病は気から
という記事を書きましたが、
思い込みが実際に身体に影響を与え、効果が現れる事がありますし、
良いイメージをしていることによって自分の発言や行動が良い方に向かうのではないかと
考えています。

でも確かに、
芦田さんの意見にも納得です。
見えなかった部分が見えたときに「それもその人なんだ」と受け止められる、
「揺るがない自分がいる」ということ
この“信じる”は、家族や恋人、友人など全ての人間関係に当てはめて考える事ができると思います。

“愛する”と“信じる”

芦田さんのコメントから“信じる”について考え、思ったことは
“信じる”ということは“愛する”ということに近いのかな、という事です。

“愛する”ことは、
その人の良い部分も悪い部分も受け入れる事ができるのか、
受動的ではなく能動的に愛する事がきるか、だと私は思っています。

だからこそ、
見えなかった部分が見えたときに「それもその人なんだ」と受け止められる、
「揺るがない自分がいる

というのはまさに“愛する”事だ、と思ったのです。

特に日本人は外国人に比べたら「愛してる」なんて日常で多用することはありませんし、
私個人的には「好き」よりも「愛してる」の方がとても重い言葉のように解釈しています。

もし、「信じる」が「愛する」と近い言葉だとしたら、
「信じる」は容易に使える言葉ではないのかもしれません…

皆さんは誰を信じますか?

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