始まりと終わり【物事の終わりを考える】|大切さとその理由

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こんにちは、MIsakiです。

何かを始める時に、物事の「終わり」を考えたことはありますか?


「終わり」は「始まり」であるとよく言いますが、
その逆で「始まり」には「終わり」が来ますね。


今回は、あえて「ゴール」ではなく「終わり」と表現しようと思います。
「終わり」と表現すると、なかなか考えたくない気もしますが、「終わり」を考えることの大切さとその理由をお伝えしていきます。

物事の終わりを考えることの大切さ

それは、
人としての行いを見直すきっかけになるからです。
本当に大切なことは何かを考えて正しい努力をするため
だから「ゴール」ではなく「終わり」を考える必要があります。

終わりを考える理由

例えば、
とある大会で優勝したい!とゴールを決めたとします。
そうしたら、そのゴールに向かって必要な練習をして技術を身につけますね。

私が以前、“努力”の捉え方【努力はするべきだけど報われるとは限らない】というタイトルのブログを書きましたが、適切な努力をしていたら努力は報われる可能性が高いです。
しかし、仮にゴールに到達できたとしても、到達できなかったとしても、
努力して良かった!と、思えるのか?考えてみましょう。

大会で優勝するために、他人を蹴落として、意地でも勝ちに行く!という思いで勝ち取った勝利。
友人や、家族のことを蔑ろにして得た優勝だったとしたら、それは本当に幸せなのでしょうか?

これは仕事にしても、スポーツにしても、教育にしても、様々なことに共通すると思います。
結果ばかりを求めて得た地位や成果はみんなに称賛されるようなことなのか、
また、自分自身にとって誇れるやり方だったのか…

それは「終わり」を考えた時に見えて来ます。

私の立場を例に少し考えてみます。
現在、新体操のコーチをしていますのでコーチを引退した時にどんな状況だったら幸せか、
教え子たちにどんな言葉をかけてもらえたら幸せかを考えてみました。

そうしたら、どんなに素晴らしい選手を育てたかという結果よりも、人としての成長を実感してくれている事の方が幸せだな、と感じました。
以下、教え子の言葉を想像して例に出します。

「○○大会で優勝に導いてくれてありがとうございました」
「死ぬほどきつい練習をして優勝できた事が良かった」
よりも、

「あの時の言葉に救われました」
「〇〇の大切さを学びました」
などの言葉をかけてもらえる方が幸せだな、コーチをやっていて良かったな、と思えます。

もちろん、人間的な成長を感じてくれた上で結果が出ていれば一番良いです。
だからこそ身体と心をボロボロにしながら練習をしたり、罵声を浴びせて練習を促したり、
そういったやり方をして成果を出すことだけに目を向けるのではなく、
選手もそしてコーチの私も一緒に成長し、良い信頼関係を構築しながら練習が出来るようにしよう。

「終わり」を意識する事でこう考える事ができます。

ご存知の方も多いと思いますが、全世界3,000万部、日本国内220万部声のベストセラー
(著)スティーブン・R・コーヴィー “7つの習慣”にも
終わりを思い描く事(自分の葬儀をイメージ)から始める、とあります。

この本では、自分の人生の最後をイメージすることで人生全ての行動を測る基準とする自分の原則を決める事が大事だと述べています。
まさにこのブログのタイトルでもある“MY RULE”ですね。

ネットで検索したらこの本の感想や要約が沢山出てくると思いますが…
本当の意味での成功ってなんだろう?幸せってなんだろう?
と感じている人は自分の日々の行動を見直すきっかけになると思いますので是非、目を通してみてください。


「終わり」を考えて、原則“MY RUlE”を決めた上で行動していくことは、様々な場面で応用できると思います。
何気ない日々も、忙しい1日も、“MY RUlE”に従って行動していきましょう。

皆さんの「終わり」が幸せなものになりますように。

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